印刷業における廃棄物管理の特殊性
印刷業は製造業の中でも化学物質を多用する業種であり、廃棄物の種類が多岐にわたります。インク、溶剤、版材、紙くずなど、それぞれが異なる法規制の対象となり、適切な分別と処理が求められます。
特に注意が必要なのは、引火性や有害性を持つ廃棄物です。これらは特別管理産業廃棄物に該当し、通常の産業廃棄物とは異なる厳格な管理が必要です。また、VOC(揮発性有機化合物)の排出規制や、PRTR法に基づく化学物質の届出義務など、環境法令への対応も重要な経営課題となっています。
印刷業から出る廃棄物の種類と排出量
主な廃棄物と分類
| 廃棄物 | 分類 | 月間排出量目安(中小印刷所) | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| 廃インク | 廃油または汚泥 | 50〜200kg | 成分により特管産廃の可能性 |
| 廃溶剤(洗浄液) | 廃油(引火性) | 30〜150L | 引火点70℃未満は特管産廃 |
| 紙くず(損紙・不良品) | 産業廃棄物 | 500〜2,000kg | 印刷業は紙くずが産廃扱い |
| 廃版(PS版・CTP版) | 金属くず | 20〜80kg | アルミ版は有価売却可能 |
| インク缶・溶剤缶 | 金属くず | 30〜100個 | 残液除去が必要 |
| 廃プラスチック版 | 廃プラスチック類 | 10〜50kg | 樹脂版、フレキソ版など |
| ウエス(インク付着) | 廃油(汚泥) | 20〜80kg | 油分を多く含む場合は廃油扱い |
| 現像廃液 | 廃酸または廃アルカリ | 10〜50L | pH次第で特管産廃の可能性 |
印刷方式別の廃棄物特性
オフセット印刷
- 主要廃棄物:湿し水、洗浄溶剤、廃PS版、廃インク
- 特徴:溶剤使用量が多く、VOC対策が重要
- 処理費用:月間5〜15万円(中小規模)
グラビア印刷
- 主要廃棄物:大量の溶剤(トルエン、酢酸エチル等)
- 特徴:溶剤回収装置の導入が一般的
- 処理費用:月間15〜40万円(溶剤回収で大幅削減可能)
UV印刷
- 主要廃棄物:UV硬化型インク、洗浄液(専用溶剤)
- 特徴:VOC排出は少ないが、廃インクの処理費用が高い
- 処理費用:月間3〜10万円
水性インクジェット印刷
- 主要廃棄物:廃インク(水性)、ヘッドクリーニング液
- 特徴:環境負荷が低く、処理も比較的容易
- 処理費用:月間2〜8万円
特別管理産業廃棄物の判定基準
印刷業の廃棄物の中で、特別管理産業廃棄物に該当する可能性があるものは厳格な管理が必要です。
引火性廃油の判定
| 廃棄物 | 引火点 | 分類 |
|---|---|---|
| トルエン系洗浄液 | 4℃ | 特管産廃(引火性廃油) |
| 酢酸エチル系溶剤 | -4℃ | 特管産廃(引火性廃油) |
| IPA(イソプロピルアルコール) | 12℃ | 特管産廃(引火性廃油) |
| 石油系洗浄液 | 40〜60℃ | 通常の産業廃棄物 |
| 植物油性インキ洗浄液 | 250℃以上 | 通常の産業廃棄物 |
重要:引火点70℃未満の廃油は特別管理産業廃棄物となり、処理費用は通常の2〜3倍(100〜300円/L)になります。
有害物質を含む廃棄物
- 重金属含有インク:鉛、カドミウム、六価クロムを含む場合は特管産廃
- 強酸・強アルカリ:pH2.0以下またはpH12.5以上の現像廃液
- 水銀含有物:旧式の印刷機器に使用されている場合がある
廃棄物処理にかかるコストの実態
処理費用の目安(月商1,000万円規模の印刷所)
| 廃棄物種類 | 処理単価 | 月間処理費用 |
|---|---|---|
| 紙くず(損紙) | 10〜30円/kg | 5,000〜60,000円 |
| 紙くず(古紙として売却) | 3〜8円/kg(収益) | -3,000〜-16,000円 |
| 廃インク(通常) | 50〜150円/kg | 2,500〜30,000円 |
| 廃溶剤(特管産廃) | 100〜300円/L | 3,000〜45,000円 |
| 廃溶剤(通常産廃) | 30〜80円/L | 900〜12,000円 |
| 廃アルミ版 | 80〜150円/kg(買取) | -1,600〜-12,000円 |
| インク缶(空缶) | 無料〜10円/個 | 0〜1,000円 |
| ウエス(油分付着) | 40〜100円/kg | 800〜8,000円 |
月間廃棄物処理費用合計:約6万〜14万円
年間では72万〜168万円の処理コストがかかります。ただし、アルミ版や古紙の売却で一部相殺可能です。
法令遵守のための重要ポイント
1. 廃棄物処理法の遵守
- 特管産廃管理責任者の選任:特管産廃を年間50トン以上排出する場合
- 特別管理産業廃棄物管理票(特管マニフェスト)の交付
- 保管基準の遵守:特管産廃は他の廃棄物と区分して保管
- 許可業者への委託:特管産廃処理業許可を持つ業者のみ委託可能
2. 大気汚染防止法(VOC規制)
印刷業はVOC排出規制の対象となる施設があります。
| 対象施設 | 規制内容 |
|---|---|
| オフセット輪転印刷機(排風量100,000m³/h以上) | 排出口のVOC濃度規制(400ppmC以下) |
| グラビア印刷機(排風量27,000m³/h以上) | 排出口のVOC濃度規制(700ppmC以下) |
| 中小規模施設 | 自主的取組(努力義務) |
対応策:
- 溶剤回収装置(蒸留再生装置)の導入
- 低VOCインク・ノンVOCインクへの切り替え
- 水性インクや UV インクの採用
- 作業環境の密閉化と排気処理
3. PRTR法(化学物質排出把握管理促進法)
年間1トン以上(特定第一種は0.5トン以上)の対象化学物質を取り扱う事業者は、排出量・移動量の届出が必要です。
印刷業で届出対象となる主な物質:
- トルエン(対象物質番号:300)
- キシレン(対象物質番号:80)
- 酢酸エチル(対象物質番号:5)
- メチルエチルケトン(MEK)(対象物質番号:240)
- イソプロピルアルコール(IPA)(対象物質番号:12)
コスト削減の具体的戦略
1. 溶剤回収装置の導入によるコスト削減
グラビア印刷やオフセット印刷で大量の溶剤を使用する場合、溶剤回収装置は高い投資対効果があります。
| 項目 | 導入前 | 導入後 |
|---|---|---|
| 溶剤購入費 | 月50万円 | 月15万円 |
| 溶剤廃棄費 | 月20万円 | 月5万円 |
| 装置運転コスト | - | 月5万円 |
| 合計 | 月70万円 | 月25万円 |
| 削減額 | 月45万円(年間540万円) | |
装置導入費用:300〜800万円(規模により異なる)
投資回収期間:約7〜18ヶ月
2. アルミ版の有価売却
PS版やCTP版などの廃アルミ版は貴重な資源です。
アルミ版売却の実践ポイント
- 分別の徹底:紙くずや廃プラを混入させない
- 感光剤の除去:剥離剤で感光剤を落とすと買取価格アップ
- 定期回収契約:金属スクラップ業者と契約
- 相場の把握:アルミ市況により買取価格が変動(80〜150円/kg)
収益例:月間100kgの廃アルミ版 → 月8,000〜15,000円の収益
3. 紙くずの分別によるリサイクル
印刷業の紙くずは産業廃棄物ですが、印刷していない白紙部分や裁断くずは古紙として有価売却可能です。
| 紙の種類 | 処理方法 | 単価 |
|---|---|---|
| 白紙(未印刷) | 古紙として売却 | 5〜10円/kg(収益) |
| 損紙(印刷済み・少量インク) | 古紙リサイクル | 3〜5円/kg(収益) |
| 大量インク付着紙 | 産廃処理 | 10〜30円/kg(支出) |
4. インク使用量の最適化
- インク管理システム:使用量を記録し、ロスを可視化
- 版面積の最適化:デザイン段階でインク使用量を考慮
- インク発注の適正化:使い切れる量を発注し、廃棄を削減
- 練り直し可能なインクの活用:油性インクは混色して再利用
5. 洗浄液の選定と使用量削減
| 洗浄液の種類 | 引火性 | 処理費用 | 推奨度 |
|---|---|---|---|
| トルエン系 | 高い(特管産廃) | 100〜300円/L | ×(切替推奨) |
| 石油系(高引火点) | 低い | 30〜80円/L | ○ |
| 植物油系 | 非常に低い | 40〜100円/L | ◎(環境配慮) |
| 水性洗浄剤 | なし | 20〜50円/L | ◎(UV印刷等に使用) |
処理業者選定のポイント
印刷業特有の確認事項
- ✓ 特別管理産業廃棄物処理業許可の保有(引火性廃油を扱う場合)
- ✓ 廃溶剤の再生処理能力(蒸留再生施設の有無)
- ✓ インク種類ごとの処理実績(油性、UV、水性など)
- ✓ アルミ版の買取価格(市況に応じた価格設定か)
- ✓ 紙くずのリサイクルルート(古紙工場への流通)
- ✓ 少量・不定期排出への対応(中小印刷所の場合)
- ✓ 緊急回収の可否(インク漏れ等のトラブル時)
複数業者の組み合わせ
印刷業の廃棄物は種類が多いため、廃棄物ごとに最適な業者を選ぶことでコスト削減が可能です。
- 特管産廃(引火性廃油):専門の特管処理業者
- 廃アルミ版:金属スクラップ業者(高価買取)
- 紙くず:古紙回収業者(有価売却)
- 一般産廃:地域の産廃処理業者(コスト重視)
よくあるトラブルと対処法
トラブル1:特管産廃の該当判断ミス
事例:引火性の洗浄液を通常の産廃として処理していた
リスク:法令違反で罰則の対象、処理業者からの契約解除
対策:SDSで引火点を確認、不明な場合は分析依頼
トラブル2:溶剤の混合による危険物の生成
事例:異なる種類の廃溶剤を同じタンクに混ぜた
リスク:化学反応による発火・爆発の危険
対策:溶剤は種類ごとに分けて保管、混合禁止を徹底
トラブル3:インク缶の残液処理不足
事例:インクが残った缶を金属くずとして処理
リスク:処理業者が受け取り拒否、追加費用発生
対策:缶を逆さにして残液を完全に出し切る、洗浄してから処理
環境配慮型印刷への転換
廃棄物削減と環境配慮は、企業の競争力向上にもつながります。
グリーンプリンティング認定
- 日本印刷産業連合会によるGP認定制度
- 環境配慮型印刷として差別化
- 官公庁入札でのアドバンテージ
- 認定取得で環境意識の高い顧客を獲得
FSC認証・PEFC認証
- 持続可能な森林資源から作られた用紙の使用
- 環境に配慮した製品として訴求
- 大手企業のCSR調達基準をクリア
まとめ:印刷業の廃棄物管理で競争力強化
印刷業の廃棄物管理は、法令遵守と同時に大幅なコスト削減が可能な分野です。以下のステップで取り組むことをお勧めします。
- 現状把握:廃棄物の種類と量を正確に記録(1ヶ月間)
- 特管産廃の判定:SDSで引火点・有害性を確認
- 分別の徹底:廃溶剤、廃インク、紙くず、アルミ版を明確に分別
- 業者の最適化:廃棄物ごとに最適な処理ルートを確保
- 溶剤回収の検討:使用量が多い場合は回収装置の導入を試算
- VOC対策:大気汚染防止法、PRTR法への対応確認
- 環境認証の取得:GP認証、FSC認証で差別化
溶剤回収装置の導入により年間500万円以上のコスト削減を実現した印刷所もあります。適切な廃棄物管理は、コスト削減だけでなく、環境配慮型企業としてのブランド価値向上にもつながります。
よくある質問
Q印刷業の紙くずは産業廃棄物ですか?
はい。印刷業は廃棄物処理法で指定された業種のため、紙くずは産業廃棄物として処理が必要です。
Q廃インクの処理費用は?
成分によりますが、1kg あたり50〜150円程度です。有害成分を含む場合は特管産廃として高額になります。
QUV インクの廃棄物は特管産廃ですか?
UVインク自体は特管産廃ではありませんが、廃液が引火点70℃未満の場合は特管産廃(引火性廃油)に該当する可能性があります。